さて、本日(7月9日)のモーニングセミナーは万人幸福の栞勉強会でした。(参加者7社9名)
第2条 「苦難福門」
純粋倫理における苦難観は3つ。
1、苦難は人間生活の赤信号(不自然を教えてくれる危険信号)
2、苦難は人間向上の足場(人間的な器を大きくする貴重な足場)
3、苦難は幸福の門(幸福への入り口)
人生の様々な苦難が人生苦(病苦、家庭苦、事業苦)この人生苦の出発点が人間だけが持ち合わせている「わがまま」である。「周りを、相手を、環境を、我がの儘になってもらいたい」「我がの儘にならないと我慢できない」全ての人間が持っているくせである。
この「わがまま」が出発点となって、次々と不自然な心が生まれてくる。
最初に生まれるのが「心配」という心。それが「怒」に変わり、「恐」となり、極端な場合に「憎」という心にもなる。必ず「心配」が先に来る。こうした不自然な姿を「不足不満」とすると、これが変化して「責める心」となる。
この責め方には外に向かう責め方(旧道徳では悪)と内に向かう責め方(旧道徳では善)があった。責める心に変わりはない。
責める心が起きて「か~」っとなって頭に血が上りまた冷めて下がると言うように繰り返し頭の病気になってしまう。グッと責め心をこらえていると気管支を悪くする。腹でグッと我慢をしていると胃腸がまともであろうはずがない。
注意:正義感の強い人は責める心も強いと言うことです。しかし、責める心は、いかに正しい理由があろうと、言い分があろうとそれ自体は決して美しいものではない。
ではどうすればいいのでしょうか。
心配は要りません。病苦・家庭苦・事業苦であろうと、その中に自分お姿がはっきり見えてきますので反省して生活を切り替えていけば必ず好転するのです。でも自分の「ことはわかりづらいので、信頼する先輩や倫理研究所の個人指導を受けることをお勧めします。
人間を活かしている宇宙大生命はその人が支えきれないような苦難は与えないものなのです。大きな苦難を受けるほど、宇宙大生命はあなたを「おまえは大物である」と認められ、太鼓判を押された証拠です。今は大物でなくても大物になる素質があると認められた証拠でもあります。
大苦難に直面した時ほどにっこり笑ってありがたく受け取りましょう。
文責 藤田 和彦